前回まで、「情報の大航海時代」における著作権の問題について述べてきました。15世紀から17世紀までの大航海時代が世界史を一変させたように、現在発展途上にあるインターネット世界やメタバース空間は著作物の創作や流通の環境を大きく変えていく、そして、著作権の問題は今まで以上に重要かつ必要なものとなり、2次創作の取り扱いや創作者の地位向上に向けての取り組みが急務であるという話をしました。
この変化は、従来の社会、例えば商品流通を主体とする資本主義社会を進展させるものなのでしょうか。すなわち、今までの延長線上の出来事と考えてよいのでしょうか。
私はそうではないと考えています。
その私の考えをこれから皆さんにお伝えするに当たって、本来であればファクト(数字、データ、既存の研究)に基づいてロジカルに論証をすべきところですが、この場は学会でもビジネスの場でもないので、自由に己の考えを述べていきたいと思います。皆さんの中には、私の考えが科学的帰納法に則っていないとか、直観的すぎて独善的解釈に陥っているという批判的意見を持つ方も多々おられるかもしれませんが、一つの見方としてそういう考えもあるのかな、と温かく包み込んでいただければありがたいです(勿論、批判や反論はウェルカムです)。
さて、最初の話として、いま世間で賑わっているメタバースの話をしたいと思います。
メタバースについて、Wikipediaでは「将来インターネット環境が到達するであろう概念で、利用者はオンライン上に構築された3次元コンピュータグラフィックスの仮想空間に世界中から思い思いのアバターと呼ばれる自分の分身で参加し、相互に意思疎通しながら買い物や商品の制作・販売といった経済活動を行なったり、そこをもう1つの「現実」として新たな生活を送ったりすることが想定されている」と説明されています。
ここで大きな疑問が一つあります。私たちが(リアルな)商品を購入する場合、その殆どは使用価値を有しています。例えば、ヘアードライヤーであれば自分の髪を乾かすことが使用の目的であり、体重計であれば自分の体重を量ることが使用の目的となっています。
自分の分身であるアバターが仮想空間上にいるとして、そのアバター自体は髪を乾かしたいと思うでしょうか、体重を量りたいと思うでしょうか。
リアルな空間で生きている自分が、仮想空間内でもアバターとして存在しているので、リアルな空間でそうしているのと同様に、アバターにヘアードライヤーをあてがったり、体重計の上に載せようようと思うことはあるのかもしれません。しかし、それはナンセンスなことだと直ぐに気づくでしょう。何故ならアバターの髪は実際には濡れておらず、アバター自体は体重を気にしたりしないからです。CGでそのように見せることは可能です。アバターの髪が濡れたように見せることや、アバターが体重過多を気にする仕草をすることも、現在のCG技術によって容易に表現することはできます。でもそれも見せかけであって、アバター自体は髪が乾いてさっぱりしたり、平均体重を維持していて気分が優れる、ということはありません(そのように演じさせることはCGによって可能ではありますが・・)。
このように、メタバースという仮想空間内の商品は、リアルな空間(現実世界)の商品が当然のことながら有している使用価値がないのです。
でも仮想空間内のモノは取引の対象になっています。すなわち、交換されています。交換価値はあるのです。これは一体どういうことなのでしょうか。
例えば、現実世界にはまだ存在していないユニークな形をしたヘアードライヤーが仮想空間内において商品として存在しているとします。このユニークなヘアードライヤーを仮想空間内で購入して自分の分身であるアバターに使わせてみる。そしてアバターが特異な体験をしていることについて、それを見ている現実世界の自分は、優越感や満足感を得ることになる。アバターがユニークなヘアードライヤーを使っているのは仮想空間内においてですが、現実世界の自分はそれを見ることによって幸せになれる、・・・まるで、楽しそうに玩具で遊んでいる子供を見る親のように、楽しそうに玩具に戯れるペットを見る飼い主のように。
そうすると、詰まるところは、現実世界における自分が優越感、満足感、幸福感を得るために、仮想空間内の商品を選択していることになります。現実世界では使わないのにその商品を選びたいと思う。あるいは、現実世界では(物理的に)あり得ない形をしていて、全く使い物にならないような商品でも選んでみたいと思う・・・ これは一体何を意味するのでしょうか。
自分の分身であるアバターのために商品を選んでいる、というよりも、今まで見たこともないような商品の新しさに魅かれたり、(現実世界では成り立たないが)独特の世界観を醸し出している商品のオリジナリティーに魅かれて、商品を選んでいるのではないでしょうか。
この仮想空間内の商品は、現実世界のリアルな商品ではなく、仮想空間内の架空の商品ですので、とりあえず「著作物」として考えることとします。この著作物としての仮想商品はどのような特徴を持つのでしょうか。私たちにとってどのような意味を持つのでしょうか。
次回以降、この点を考えていきます。そして、やがて大きな視座に到達したいと考えています。