前回は、二次創作を生み出す時に元の著作者に報酬を与えると興るであろう好循環のサイクルと、そのための著作権情報の提供、著作物の評価、著作物の使用料の重要性について話をしました。今回は、著作権情報や著作物の評価について、具体的な例を挙げながら詳しく見ていきましょう。
著作権情報とは、何についてどんな著作権を誰が持っているかの情報であり、パロディ作品のような二次創作品の場合は、元になっている著作権情報が曖昧であることは前回までに述べました。また、楽曲のアレンジも二次創作品であり、アレンジ曲には元になっている曲の著作権情報や、アレンジをする許諾を得ているかの情報が付いていない場合が多々あるので、様々な誤解や争いをもたらす元凶になっています。
そもそも、元になっている曲の著作権情報はどのように調べればよいのでしょうか。実は、楽曲の著作権情報は簡単に調べることができます。音楽著作権を管理している団体であるJASRACが「J-WID」という楽曲データベースを提供しています。
このデータベースによって、ある特定の楽曲の演奏権や複製権などを誰が持っているかの情報を調べることができます。例えば、進撃の巨人のオープニングテーマである「紅蓮の弓矢」を作品タイトルに入力して進めていくと、作詞・作曲が「REVO」で、出版者が「ポニーキャニオン音楽出版」と表示されます。すなわち、楽曲を創った著作者が「REVO」で、楽曲のプロモーションなどをするために著作権を譲り受けた音楽出版者(著作権者)が「ポニーキャニオン音楽出版」であることがわかります。その「ポニーキャニオン音楽出版」が、著作権の管理をJASRACに任せているのです(JASRACが一定期間著作権を預かって著作権使用料の徴収を代行している)。
ここで気を付けなければいけない点は、JASRACは、楽曲をアレンジする権利(二次的著作物を創作する権利)については管理をしていないので、ある楽曲について他人がアレンジをしたいときに、著作権者に直接交渉をしてアレンジを認めてもらう必要がある、ということです。また、著作者には、楽曲を勝手に変えてはいけない同一性保持権があるので、著作者にも直接交渉をしてアレンジを認めてもらう必要もあります。このような交渉は結構大変であり、個人アーティストの場合はなかなかできるものではありません。その交渉のプロの方にお任せしたいところですが、ビジネスに直結しない限り、資金的にも無理があります。ですので、著作権を取り扱う際のコンシェルジュのような存在、サービスがこれからのデジタル社会、ネットワーク社会においては必要になってくるのです。
次に、著作物の評価についても考えてみましょう。音楽の話題が出たので、音楽の著作物の使用料について見てみましょう。
JASRACは、管理している楽曲の著作権の「使用料計算シミュレーション」をWebで提供しています。それによれば、「紅蓮の弓矢」(5分11秒)を100枚のCDに非営利目的で録音(非商用複製)する場合の使用料は891円でした。また、営利目的(商用複製)で定価を明示しないで100枚のCDに録音する場合の使用料は、2倍の1782円でした。高いか安いかは別として、音楽の著作権の使用料が簡単に知ることができるサービスは、とても参考になります。
ここで気になるのは、使用料の計算式において、楽曲の評価が反映されていないことです。高評価を得ている楽曲と低評価の楽曲が、同じ使用料になります。計算式は「8.1 円 × 50/100 × 製造数 × 管理楽曲数 + 消費税相当額」であり、楽曲のランキングは盛り込まれていないのです。本来は著作物の評価が適正にリアルタイムになされて、その評価に基づいて著作物の使用料が株相場のように変動されるて然るべきです。今後のデジタル化やネットワーク化によって、そのような仕組みを作ることはそれ程難しいことではなくなるでしょう。今後の課題と言えます。
上記の「使用料計算シミュレーション」は便利なサービスですが、これは音楽の著作物の場合であって、しかも対象はJASRACが管理している楽曲のみです。音楽以外の他の著作物や、JASRACが管理していない楽曲は対象外です。しかも、これまで述べてきたネット小説の二次創作や、同人誌のパロディ作品のような二次的著作物を創作するときは、元の著作者から許可を得たり、対価を支払うことが必要になりますが、その許可を得る方法や対価の相場などは広く知られていません。つまり、一般の人にとってはブラックボックスとなっており、ブラックボックスであるが故に個人の方は自ら許可を得ようとはしない、許可を得ていないから何となく後ろめたい、という悪循環に陥ってしまっているのです。
今後、デジタル化やネットワーク化が益々加速していく状況において、そして、個人による創作活動の量と質がSNSやその他の手段を通じて更に向上していく環境下において、このようなブラックボックスを残しておくことは害であるほかありません。
したがって、上で述べたような二次的著作物の創作に当たっては、創作者である個人自らが著作権に関する知識を身に付けて、然るべき環境改善の声を上げていく、という姿勢が今後は必ず必要になってくるのです。
次回もこの問題について考えていきましょう。